肝付兼演 Kimotsuki Kanehiro

肝付兼演 Kimotsuki Kanehiro肝付兼演 Kimotsuki Kanehiro(1498年-1552年)

肝付氏12代兼忠の三男兼光を祖とする庶流で、島津勝久の家老を務めた。大永6年(1526年)11月に勝久が島津貴久に家督を譲った際に、兼演は越前守に任じられ、そのまま貴久に仕えた。

天文3年(1534年)、貴久の実父島津日新斎に辺川.加治木.木ノ内.中ノ州などの領地を与えられてより、それまでの本貫地であった大隅国溝辺から加治木に拠点を移した(大永7年(1527年)説あり)。

天文6年(1537年)、兼演は薩州家当主島津実久の調略に応じ、一転して貴久に敵対する。これに貴久は、天文11年(1542年)に北原氏庶流の北原兼孝の助勢を得て加治木に攻め込むが、兼演はこれを退却せしめた。貴久は次に、天文18年(1549年)5月に伊集院忠朗.樺山善久.北郷忠相らの軍勢を遣わした。これに蒲生氏.入来院氏.祁答院氏.東郷氏が兼演の助勢に駆けつけ対陣するも、11月に伊集院忠朗の子忠倉の火計により陣が乱され敗退、兼演は北郷氏を通じて貴久に降伏した。しかし、翌年に加治木の領有は安堵される。

天文21年に死去。享年55。

出處 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%82%9D%E4%BB%98%E5%85%BC%E6%BC%94