河合吉統 Kawai Yoshimune

河合吉統 Kawai Yoshimune河合吉統 Kawai Yoshimune(1521年-1573年)

朝倉氏の家臣。通称は五郎兵衛尉、安芸守。

河合氏の出自は不明だが、大永2年(1522年)の連署状、享禄元年(1528年)の「朝倉氏府中奉行人連署状」などに「河合久徳」の名が見え、彼が吉統の祖父か父と推測される。

内政手腕に優れ、当初は朝倉義景の奏者として活動し、天文19年(1550年)には奉行衆に任命され、元亀元年(1570年)から天正元年(1573年)頃まで、朝倉家家臣団最高位にあり、「一乗谷奉行人」と称され行政全般に関与した。奉行職の任務だけではなく弘治元年(1566年)には大野郡や加賀への出陣記録が残り、元亀元年(1570年)の姉川の戦いにも2000余騎を率いて先鋒として参陣している。以後も度々出陣記録が残るが、天正元年(1573年)織田軍との刀禰坂の戦いで戦死した(『信長公記』にこのとき取った首として「河合安芸守」の名がある)。

出處 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%B3%E5%90%88%E5%90%89%E7%B5%B1