蒲生元珍 Gamo Motoyoshi

蒲生元珍 Gamo Motoyoshi蒲生元珍 Gamo Motoyoshi(1560年-1633年)

近江国の国人青地茂綱の長男として生まれる。元亀元年(1570年)に父が志賀の陣で戦死したことにより家督を相続。当時、元珍は幼少であったが領地や与力.家来はそのまま安堵された4

元亀2年(1571年)12月に織田氏の家臣.佐久間信盛の与力となる4。以後、信盛与力として天正元年(1573年)の槇島城の戦い、天正4年(1576年)の天王寺の戦いなどに参加している4

天正8年(1580年)に信盛が19ヶ条の折檻状により織田家を追放されると、近江衆として織田信長の旗本に転身。天正9年(1581年)1月に安土で行われた江州衆による左義長に名を連ね、同年の第二次天正伊賀の乱にも参陣した4

天正10年(1582年)の本能寺の変で信長が横死すると、その三男の信孝に仕えるが、天正11年(1583年)の賤ヶ岳の戦い後に信孝が自害すると羽柴秀吉に所領を召し上げられ、浪人となった。後に従兄弟である蒲生氏郷の元に客将として寄るが、秀行の代になると蒲生氏を去り、前田利長の元で2000石を与えられた。

寛永10年9月29日(1633年10月31日)死去4

出處 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%92%E5%9C%B0%E5%85%83%E7%8F%8D