安藤良整 Ando Yoshinari

安藤良整 Ando Yoshinari安藤良整 Ando Yoshinari(生年不詳-没年不詳)

後北条氏の家臣。豊前守、後に豊前入道と称す。「良整」は入道名であり、諱ではない。実名は不詳。

北条氏康北条氏政北条氏直の3代に仕え、奉行人として出納関係など行政面で活躍した。

文書上、最初に確認できるのは永禄6年(1563年)に発給された相模国誓願寺(良整が氏康の許しを得て建立した寺院)を建立した事を伝える伝馬手形の付箋。これに「御奉行安藤豊前守御役所より」とあるので、少なくとも、この頃には奉行衆の一員であり、寺院の建立を要請できる身分である事がわかっている。以後も奉行衆として活躍し、永禄12年(1569年)から天正16年(1588年)までの間、良整が奉者となった虎朱印状が多数残っている。

また『北条氏所領役帳』の編集に携わり、北条氏の公用枡「榛原枡」は別名「安藤枡」とも呼ばれ、良整が考案したものだといわれている。

没年は不詳であるが、文書上、最後にその名が見えるのは天文17年(1589年)9月に多摩川で洪水が発生し、これから起こった領地争いの検使として赴いた記述である。

出處 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%89%E8%97%A4%E8%89%AF%E6%95%B4